着メーカーとして活動してきた会社シャルレの評判と活動内容や経営状況についてやその下着についてまとめてみました。
シャルレとは?
シャルレは下着メーカーとして関西に拠点を置いています。独自の販売戦略で一躍有名となりました。1975年創業と歴史はまだまだ浅いですが、下着の試着会をホームパーティー形式にしていて、独自の訪問販売形式をとり、シャルレは下着販売を拡大してきました。2006年に持株会社化するために会社分割を行い、株式会社テン・アローズを持ち株会社として、現在経営の再出発を図っています。
2004年6月にはシャルレ代表取締役社長兼最高経営責任者就任に三屋 裕子氏が就任したことは、異例の人事として世間の話題を呼んだのですが、突然の解任が2006年に起きてさらに話題を呼びました。
三屋 裕子氏のCEO就任というのはそもそも、シャルレが低迷し続けていたからで、その建て直しに、人材を親族会社以外の分野から求めた結果の就任でした。シャルレ就任3年目を迎え収入が増加に転じた時に、シャルレ創業一族の意見として、三屋 裕子氏があっけなく解任されたことは、どんな意図があるのでしょうか。
三屋 裕子氏が就任してから会社として行ってきたことは、シャルレが親族会社に依存しているといった会社の体質改善を行いました。多くのメディアがインタビューしたときに三屋 裕子氏が表明しているとおりの内容です。
シャルレの実態
急成長を独自の訪問販売で遂げたシャルレとしてみれば、経営が低迷し続けていたのにもかかわらず、建て直しに三屋 裕子氏を起用したことは、ベストな選択と評判もうなぎ上りだったのです。
上場企業として、株主に責任を持つのは当然。ですので、業績回復のために会社自体の改革を実行していくことは当然の義務ですからね。シャルレの低迷の原因はそもそもどんなことなのかという認識は、おそらく、三屋 裕子氏を起用した当初にコンセンサスとしてこの会社にはあったはずです。
三屋 裕子氏もそんな声や期待に応えるべく、努力をし、経営状態の復活と、増収までも実現してきたのです。しかし、経営者の経験がない三屋 裕子氏を最高責任者に起用したことには、少々疑問が残ります。この起用が、話題作りとして、又は、ただの広告塔としてシャルレの幹部が考えられていたとしたら、三屋 裕子氏の功績は、予想外の事として考えられていたのかもしれません。そんなことが原因で今回の解任劇になったとしたら、情けないほどの茶番劇としかいうしかありません。
シャルレの今後
上場会社としての責任を自覚していれば、会社の業績の復活に貢献している取締役を何の説明もなく、親会社の意図のみで解任するという事は、常識では全く考えられない事です。持ち株を親族が独占保有して、株主に対する責任を無視していれば、今後どういった状況になるのかは明らかです。
今存在する大手企業も、親族会社から、ある意味親離れし、上場会社になるといった過程では、シャルレの経緯と同じような道程を進んでいるのですが、上場会社の経営を親会社の意向によって運営する事は、株主に対する無責任な行為と言って良いでしょう。シャルレを今後どうしたいのか?理解できません。元々良い下着を作っていて評判も非常に良いシャルレ。今後に期待するしかないようです。